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「わからないこと」を抱える

執筆者の写真: pertecolor33
pertecolor33
1 分前
読了時間: 7分

「わからないこと」を抱える、ということ

恐れと畏れのあいだで。。


自然から学べること


「恐れ」と向き合うことは、心を楽にするために必要なことだと考えられています。


トラウマを癒すこと

インナーチャイルドと対話すること

シャドウを統合すること


自身の内側にあるものを見つめ、理解し、少しずつ自分の中に置き直していく。

そうすることで、これまで苦しかったことの意味が見えてきたり、自分の反応を受け止めやすくなったりすることがあります。


わたし自身、そうした作業はとても大切だと思っています。


なぜ怖いのか。

何に反応しているのか。

過去のどんな経験と結びついているのか。


そうやって丁寧に見ていくと、これまでただ苦しいだけだったものに、少しずつ輪郭が生まれてきます。

自分の中で「これはこういうことだったのか」と位置づけられるようになると、恐れに圧倒されず、少し距離を取れることもあります。


そうして、自然と向き合う中であることを感じる機会をいただきました。

わたしたちは、「わかった」と感じることを、少し求めすぎているのではないか。


腑に落ちること

意味が見つかること

自分の中で説明がつくこと


それらは確かに安心を与えてくれます。けれど、何もかもを理解できる形にしようとすると、かえって見えなくなってしまうものもあるのではないでしょうか。




恐れは、理解していくもの


恐れには、原因を探すことができます。


なぜ不安になるのか

なぜ同じ場面で傷つくのか

なぜ相手の言葉に強く反応してしまうのか


経験や記憶をたどっていくと、その反応が生まれた背景が見えてくることがあります。


もちろん、原因がわかったからといって、すぐに苦しさがなくなるわけではないかもしれません。頭では理解できても、身体が反応し続けることもあります。

それでも、わからないまま圧倒されていたものに、少し距離を取れるようになることはあります。

「これは今起きていることではなく、過去の経験が反応しているのかもしれない」

そう気づくだけで、ほんの少し呼吸がしやすくなることもあります。


恐れは、理解し、扱いやすくしていくことができるものです。

完全になくすことをゴールにするのではなく、自分の中にありながらも、恐れにすべてを支配されない状態を探していくのです。




畏れは、すぐに理解しなくてもいい


一方で、「畏れ」と呼びたくなるような感覚があります。

それは、原因を探して説明すれば消えるものとは少し違います。


圧倒的な自然を前にしたとき

大切な人の存在を深く感じたとき

言葉では表せないほど美しいものに触れたとき

自分ではどうにもできない出来事の前に立ったとき


そこには、怖さに似た感覚がありながら、

単純に「怖い」とだけ言うことのできない何か、があります。


畏れは、自分の理解の範囲を超えたものに触れたときに生まれる感覚・・・


すぐに分析しなくてもいい

意味を決めなくてもいい

自分の成長や癒しに結びつけなくてもいい


ただ、「今、自分は大きなものの前にいる」と感じながら、しばらくそこにいる。

そういう時間も、わたしたちには必要なのではないか、と思います。




すぐに答えを出さない時間


カウンセリングやセッションでは、悩みの原因を探し、整理し、これからどうしていくかを一緒に考えることがあります。


それは、とても大切な作業


ただ、いつもすぐに答えが見つかるわけではありません。

言葉にならない感覚が残ることもあります。

話しているうちに、かえってわからなくなることもあります。

わたしは、そうした時間も無理に進めなくていいと思っています。


沈黙を無理に埋めないこと

言葉にならない感覚を、すぐに解釈しないこと

相手の中で起きていることを、誰かや何かの結論へと急いで運ばないこと


その方の中で、まだ形になっていないものが、形にならないまま存在できる時間を大切にします。


「どういう意味ですか」と尋ねても、すぐに答えられないこともあります。

「なぜそう感じるのか」と考えても、今はわからないこともあります。


でも、わからないからといって、何も起きていないわけではありません。

言葉になる前のところで、何かが動いていることもあるのです。




自分をすぐに変えようとしない


わたしたちは、自分のことを理解しようとします。


なぜこんな性格なのか

なぜこんな反応をするのか

どうすれば、もっと生きやすくなるのか


その問いを持つことは、自分を大切にすることにつながります。

ただ、理解したあとには、すぐに変わらなければならないと思ってしまうこともあるんですよね。。


「原因がわかったのだから、もう苦しんではいけない」

「自分のパターンに気づいたのだから、もう繰り返してはいけない」

「本当の自分がわかったのだから、その自分で生きなければならない」


そうやって、理解することさえ自分自身への過度な要求になってしまう・・・


ひとは気づいたからといって、すぐに変わるわけではありません。

頭でわかっていても、なかなかできないこともあります。何度も同じところに戻ってしまうような感覚になることもあります。


その時間も全て含めて、大切な自分自身なのだ、と思います。


変わらない自分

まだ決められない自分

答えを出せない自分

今は何もしたくない自分


そうした自分を、すぐに直そうとしないことも、自分を尊重することのひとつ

ではないでしょうか。




「わからない」を抱えておく


恐れは、理解することで少し扱いやすくなることがあります。

けれど畏れは、理解できないまま抱えておくことが必要な場合があります。


わからないものを、わからないままにしておく


それは、あきらめることとは違います。考えることをやめることでもありません。


自分の理解だけですべてを決めつけず、まだ意味のついていないものが存在する余白を残しておく、ということです。


すぐに答えを出さない

すぐに意味を与えない

すぐに「わかった」と言わない


そこに留まることは、簡単ではないかもしれません。


わたしたちは、不安になると答えを探したくなります。

自分の中で説明がつけば、安心できるからですし、それを知ったから、ということもあるでしょう。


それでも、答えが見つからない時間を少しだけ耐えてみる。

その中で、自分の中にあるものを急いで整理せず、ただ感じてみる。

そこから、これまでとは違う理解が生まれることがあります。




セッションで大切にしていること


わたしがセッションで大切にしているのは、すべてを明らかにすることではありません。


もちろん、苦しさの背景を一緒に見ていくことはあります。

これまでの経験を整理したり、今起きていることを言葉にしたりすることも大切なこと。

ただ、それだけではなく、その人の中にある「まだわからないもの」とも一緒にいられる時間をも大切にしています。


うまく話せないときや、気持ちがまとまらないとき。

自分でも何を感じているのかも、わからないとき。

無理に結論を出さなくて大丈夫です。


話しながら考えてもいい

途中で言葉が変わってもいい

何度同じことを話してもいい


自分の内側にあるものを、すぐにうまく説明できなくていいのです。

誰かに理解してもらうために、きれいに整理された言葉にする必要もありません。

むしろ、整えるまえのフレッシュなものこそ、セッションでは大切になるのです。




おわりに・・・


恐れには、理解していくことが助けになる

自分の反応の背景を知り、これまでの経験を振り返り、今の自分とのつながりを見つけていく。その過程で、少しずつ自分を取り戻せることがあります。


一方で、すべてを理解し、すべてに意味を与えなくてもいい場合がある


言葉にならないもの

まだ意味の決まっていないもの

自分の理解を超えているもの


そうしたものは、すぐに変えようとせず、すぐに答えを出そうとせず、自分の中に置いておく。

それもまた、自分自身と向き合うということなのだと思っています。


恐れを理解しながら、畏れを抱える


わかることと、わからないことのあいだに立ちながら、自分のペースで少しずつ進んでいく。


セッションでは、そのための時間を一緒に過ごしています。


大いなるものに対する畏れをそのまま抱き、恩恵として生きる存在へ・・・

まずはご自身の中に畏れの器を育ててみて下さい。





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