人間関係に疲れたらⅢ
「自分らしく生きる」とは──「自分」だと思っているものを見つめ直す
シリーズ「人間関係に疲れたら」第3回
前回は、
「本当に必要な人間関係とは何か」について書きました。
人間関係を整えるということは、付き合う人を選別することではなく、自分の人生を自分で選び直していくこと。
そして最後に、こんな問いを残しました。
わたしたちは、自分が望んでいることや、大切にしていることを、
どうやって判断しているのでしょうか。
それは本当に、自分自身の意思なのでしょうか。
「自分らしく生きたい」
そう思う人は、きっと少なくないでしょう。
わたしたちは、自分のことを知っているつもりでいます。
好きなもの
嫌いなもの
得意なこと
苦手なこと
大切にしている価値観
こうありたいと思う生き方
けれどその中には、自分自身で選んだものだけではなく、これまで生きてきた中で、いつの間にか身につけたものも含まれています。

「こうしたい」は、本当に自分の意思なのか
たとえば、
「ちゃんとした仕事をしなければ」
「人には親切にしなければ」
「嫌われないようにしなければ」
「安定した生活をしなければ」
「結婚したほうがいい」
「家族は大切にするもの」
「年齢相応に落ち着いたほうがいい」
こうした考え方は、どこから生まれたのでしょうか。
親から言われたこと
学校で教えられたこと
周囲の人たちの生き方
社会の中で「普通」や「常識」とされてきたこと
入口は、さまざまです。
けれど、見つめたい点は…
「どこから来たものなのか」よりも、「なぜ、それが今も残り続けているのか」です。
そうしていたら、安心できた
そうしていたら、認めてもらえた
そうしなかったときに、責められたり、居場所がなくなるように感じたりした
こうした経験と結びついた考え方ほど、深く根を下ろし、いつの間にか「自分の意思」と区別がつかなくなっていきます。
だからこそ、
「こうしたい」と感じていることの中にも、実は
「こうしていれば安心できる」
「こうしていれば認めてもらえる」
という思いが混ざっていることがあるのです。
「自分ではないもの」とは、まだ選び直していないもの
「自分ではないもの」と聞くと、
何か悪いもの、捨てるべきもののように感じるかもしれません。
実は、そういうことではありません。
親から受け取った価値観も、これまでの経験も、誰かから教えてもらったことも、
それらはすべて、今の自分をつくってきたものです。
ポイントは、「どこから来たのか」ではありません。
「自分で一度、選び直したかどうか」です。
受け取ったものを、ただ無理に否定する必要はありません。
「これは本当に、今のわたしが選んでいるものなのか」と、一度、自分の前に置いてみる。
「これは、今のわたしにも必要だ」そう思えば、そのまま大切にすればいい。
そうなれば、受け取っただけのものではなく、自分で選んだものになります。
「もう、これは必要ない」と思えば、手放してもいい。
大切なのは、
「それが正しいか、間違っているか」ではなく、「今のわたし自身も本当に選びたいと思っているのか」というところです。
「自分ではないもの」を見分けるための問い
では、どうすれば
自分ではないものを見分けられるのでしょうか…
わたしは、「なぜ、そう思うのか」を丁寧に見つめていくことが、ひとつの手がかりになると思っています。
「どうして、これをしなければいけないと思うのだろう」
「どうして、これを選びたいと思うのだろう」
「それをしないと、何が起こると思っているのだろう」
「誰かにどう思われることを恐れているのだろう」
「もし誰にも何も言われないとしたら、わたしは本当にこれを選ぶだろうか」
特に、
「それをしないと、何が起こると思っているのか」
という問いは、安心や承認と結びついた考え方を見つけるきっかけになります。
こうして問いを重ねていくと、
「本当はやりたい」と思っていたことの奥に、
「やらなければ認めてもらえない」という思いが隠れていることがあります。
反対に、
「本当はやりたくない」と思っていたことの中に、
「それでも、わたしはこれを大切にしたい」という自分自身の意思が見つかることもあります。
表面的な「好き」「嫌い」だけでは、自分の意思は見えてこないこともあるのです。
自分らしく生きるとは、好きなことだけをすることではない
「自分らしく生きる」と聞くと、
嫌なことはしない
苦手な人とは付き合わない
無理をしない
好きなことだけをする
という方向に考えることがあります。
もちろん、それが必要な場面もありますよね。
けれど、
「嫌だからやめる」ことと、「わたしは、これを選ばない」
これは少し異なります。
前者は、嫌なものから離れるための反応かもしれません。
後者には、「わたしは、これからどう生きたいのか」という意思が見えます。
同じように、自分を大切にするということは、嫌なことをすべて避けることでもないと思います。
ときには、やりたくないことを選ぶこともある
今は苦しくても、未来の自分のために続けることもある
誰かの意見を聞いて、自分の考えを変えることもある
ただしそれは、自分をすり減らしながら我慢し続けることとは違います。
大切なのは、
「自分の気持ちに従うこと」だけではなく、
「自分で考え、自分で選んだ」
という感覚を持てることなのではないでしょうか。
「自分らしさ」は固定されたものではない
わたしたちは、「本当の自分」というものが、どこかにひとつだけ存在しているかのように考えることがあります。
けれど、人は変わっていくものです。
以前は大切だったものが、今は必要ではなくなることもあります。
昔は許せなかったことを、今は受け入れられるようになることもあります。
逆に、以前は気にならなかったことが、今はどうしても受け入れられなくなることもあります。
それらは、「本当の自分を見失った」ということではありませんよね。
自分自身について、もう一度、選び直しているということです。
だから、「わたしはこういう人間だから」と決めつける必要もありません。
今のわたしが、
何を大切にしたいのか
何を選びたいのか
何をもう選ばないのか
その都度、自分自身に問い直しながら、変わっていけばいいのだと思います。
自分の人生を、自分のものとして取り戻す
自分らしく生きるために、何か新しい自分にならなければいけない。
そう考える必要は、ありません。
むしろ、「これは本当に、わたしのものなのか」と、ひとつずつ丁寧に見ていくこと。
誰かの期待なのか
過去の経験から生まれたものなのか
恐れから選んでいるのか
「こうするべき」という思い込みなのか
それとも今のわたし自身が大切にしたいと思っているものなのか
そこを、今のわたしのまま素直に見極めていくと、
新しい自分になるというよりも、等身大の自分自身の意思が、少しずつ見えるようになっていきます。
人間関係に疲れたとき、誰かと距離を置くことが必要な場合もあります。
新しい人と出会うことが必要な場合もあります。
本当に見つめておきたいのは…
誰を残して、誰を手放すか、だけではありません。
関係の中でわたしは何を選んでいるのか
なぜそれを選んでいるのか
その選択は今のわたし自身の意思なのか
そこまで見ていくことで、人間関係だけではなく、仕事も、暮らしも、生き方そのものも、少しずつ変わっていくのだと思います。
PER TEでは、
「自分らしく生きる」ということを、ただ単に今の自分を肯定することだけとは考えていません。
自分ではないものを見極め、
自分自身の意思を取り戻し、
純度の高い選択をしていくこと。
人間関係に疲れたときは、これまで自分が何を選び、なぜそれを選んできたのかを、一度見つめ直す時期なのかもしれません。
その先に続く生き方を、
PER TEでは一緒に考えていきます。
自分では気づいていなかった思い込みや、
いつの間にか身につけていた価値観。
それらを別の視点から見つめ直すことで、これまでとは違う選択肢が見えてくることもあります。
今の自分を見つめ直し、
これからの生き方を考えてみたい方は、
ご自身に合うメニューをこちらからご覧ください。



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